ゲーテやらハイデガーやら

自分が昔から関心を持ち、常に座右にしてきた彼らの記述は、図らずもドイツ生まれで、そして去年縁があってドイツへ。
そこでは彼らの書物を脇に携え電車に乗り込み、彼らの足跡を訪ね歩いた。

何を持って通常敬遠されそうな彼らをそこまで愛するかといえば、それは彼らの言葉、記述が一切の抵抗なく自らのうちに取り込むことが出来、また、応用できるからである。

それは自分にとってまさに水にも等しい。

以前から気にかけていた、声に出したくなる日本語の著者、齋藤孝さんが最近出版された座右のゲーテと言う読み物は、私が言わんとするところの主要な箇所が、見事に編纂されており、書店で見つけるやいなや一気に読みきってしまった。

同じゲーテファンということで、なぜ自分が彼の出版物に興味をそそられえるのかその理由がわかった。上記の書物に関して言えば、コアなゲーテファンとしては、あと2倍くらいの分量がないと満足できないといったところか。

私は物事や問題に対する取り組み方の多くを、この二人から学んでいる。
それが何の抵抗もなく理解できることが一番の理由であるし、自分の直感を裏付けるものとしてこれほど偉大な人物も他になかなか見当たらないからである。
そういう意味で、私の彼らに対する取り組み方は、まず自分が直感的、経験的に収穫したものに形式と意味を付加するための確認作業であるといってよい。




今日また新しい直感が豊かな意味と形式を与えられ、自分のツールとなって昇華した。
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  by gstomach | 2004-10-10 00:48 |

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