in the days ahead

自分の動向に関してよく質問されることがある。
それは将来どうしたいのか?ってこと。

中高時代は音楽に明け暮れて、大学は建築を専攻し大学院まで進んで、
それも普通ではない成果を残せたと思うし、実際周りの誰もが建築で進むもの
と思っていたに違いないのに、実際今やっていることといえば料理人。

なぜ建築を捨てたのか?ってよく聞かれるけれど、
建築を捨てたなんて一言もいっていないし、キャリアが如何に大切かは誰よりもわかっている。
そういう意味で言うのであれば、料理だって自分にとって大切なキャリアなのだ。

ただ唯一うちのボスだけが、

「あんたは好きなようにやっちゃってください。なにやっても平気ですから。」

と言ってくれたし、就職内定もらってきたときには、

「ぬほぉ、、、建築と料理どっちもとりましたか。あんたは傑作ですわ。」

と言ってくれた。



結論から言ってしまえば、

“「建築と料理」つまりはレストランという形式で伝説になる街をつくること。”

これが最終目標であり、僕の夢である。

レストランでまちづくり??と思われるかもしれない。
確かにその感覚はわかりにくいかもしれない。

でも考えてみてほしい。

例えばあなたの住むまちに一般的なフランチャイズにはない趣向を凝らした
空間すらも楽しめるお店が出来たとしたら。。。
それがただの住宅街にポツリとたたずみ、人々の熱気を吸っては脈々と胎動する
生活シーンを演出し、新しいライフスタイルを提案できるような都市機能として
挿入されたとき、活き活きとした街が生まれる。そういう風に想像できまいか。

実際、7年間もお世話になった藍はそういうお店であった。
駅からも距離があり、住宅街で一般的には不便と思われるような場所にあって
連日連夜店の前の通りを照らし続け、ただの住宅街に外部から人々を呼び込み
日夜そこで繰り広げられる人間劇場は、人々の記憶にしっかりと刻み付けられた。
その店が閉店してからというもの、その街はまさに死んだも同然に活力を失い、
土地の魅力も失せてしまった。
余談ではあるが、通り魔的犯罪や中高生の性の乱れ、飲酒に喫煙なども激増した。
毎朝通りを掃除し、水をまいて潤いをもたらす店がなくなったとたん、通りにはゴミが
散乱しだした。

この経験が、たった一軒の店(飲食店に限らず)が持つ影響力であり、
まちの活性化に寄与するものだという発見をもたらし、自分の進むべき道を照らしたのだと
確信している。

さらなる理解のために、吉祥寺という街を一躍有名にし、今の吉祥寺を創ったといっても
過言ではない僕の敬愛する故・野口伊織氏を紹介しておこう。

http://www.iori-n.com/media/magazine/tokyoseikatsu.html

オフィシャルページは以下参照。

http://www.iori-n.com/index.html

対象とする街は自分の故郷であるか、そうでないかはまだわからないが
このようにして、異なった趣のお店を複数店仕立てあげ都市機能に挿入することで
一つの、新しい街を創出すること。
そのとき今まで自分が培ってきた音楽や建築や料理といった経験が大いに発揮されて
相乗効果で今までにない、自分にしか出来ない店作り、街づくりができるはず。

今、料理をやったりサービスを学んだり、経営の手法やシステム、マネジメントのスキル
を習得しようとしているのは、単にそれの準備段階に過ぎないということ。


古代ギリシアにおいて建築家にあたる“architekton”という職能は、
“teckton”(技能を有するもの)を“archi”(統べる)者として、
あらゆる技芸の頂点に立つ人を指して言ったというように、
自分の目指すべきポジションはまさにそれらを統べる位置にある。

それは単なるオーナーではなくて、間にある一切のレイヤーを排除した状態での、
ヒトやマチといったリアルな対象と密接な位置にある。そのような存在。


今足りないものは何か?

それを見極めて行動しているつもりである。
それが傍目には何を指向しているかわかりにくい(それは当然)かもしれないけれど
自分にはしっかりと見据えるビジョンが描けているのだ。

何と言われようと邁進するのみ。
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  by gstomach | 2005-03-11 04:12 |

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