Do as the Romans do 2

良いところは盗み悪いところは切り捨てる。
その悪いところに関して自分の正義感や責任感でわざわざ労力を割いてまで
改善しようとは思わない。


と昨日書いておいて、今日の勤務終了後毎日恒例の“終礼”にてピンポイントに
そこの部分を指摘された。



会社というよりは今勤務している店舗の悪いところは、単純にキッチンとホール
という風にスタッフを二分したとき、キッチンスタッフはベテランぞろいのチーム構成で
あるのに対し、ホールは新陳代謝激しい比較的新参者ぞろいで、したがって
キッチンスタッフの方が偉そうに振る舞い、ホールスタッフは下手に出る構図が
わかりやすいほど顕著に出ていることだ。

僕は実際にお客さんと触れ合うホールスタッフが
一番お客さんのことをわかっていて、そこを起点にしたサービスがなされないと真の意味で
おもてなしできないと考えているので、当然ホールスタッフ=お客さんの代理人を優先した
振る舞いがキッチンスタッフには求められるべきであると思っている。

ところが現実はどうだ?

ベテラン揃いのキッチンスタッフは日々課題が課せられそれ=業務を効率化することにのみ
心血を注ぐよう教育された挙句、業務として手間のかかるオーダーに対し、
面倒くさいとかふざけんなとか信じられないほどに
横柄極まりない。

これは働き出してすぐに感じたことで、まぁそれは人によって違うのだろうと思っていたのだが
ほぼすべてのスタッフと組んで仕事をしてみると、個人差はあれほぼすべてのスタッフに
そのような傾向がうかがえた。

こういうものか。

おかしいとは思い(気づき)ながらもそう考えていた僕は、苦笑いを浮かべるのみで
具体的にどうこうしようとはしていなかった。
それは意図的であったけれども、自分はそうはなるまいと思ってはいたけれど、
実はお客様のことを第一に考えると見過ごしてはならない事態だ。

お客様を向いたサービスに関して共通の認識と、ゲームとしての面白さ、商売の醍醐味を
共感しあえる仲間は必然的にホールスタッフに限定される。(そのような雰囲気)
その中にあって僕のようなお客様に向いた仕事をしようとするキッチンスタッフは
自分でも過小評価していたほどにホールスタッフからの期待の大きさを浴びていた
事実を今日知らされたのだ。

彼らにしてみればキッチンの連中の横柄な態度、お客様に失礼な言動を許しがたいとは
思いつつも、そうは言えない雰囲気を作り出されてしまっていてどうしようもないときに、
僕のような一般社員として言動に影響力を持ちうる人材が新たに加わってきたことで
過大に期待を寄せてくれているのではあるが、これは想像以上に難しい問題だ。

こちらとしては新参者として、業務を教えてもらっている立場の人間として
意見するのは身の程を弁えるところかと考えてしまう。
何せ連中はもう何年もそうやってきた人々なのだ。
それが当然と疑わなくなったマンネリ族なのだ。

正論を論理的にぶつけてチームを、そのようなマンネリを崩すことは簡単である。
チーム作りだけを見ていればいくらでもやりようは考えられる。
しかしこの場合、如何にお客様に影響なく(通常業務を滞りなくこなしつつ)意識を
変えさせるかが問題
なのだ。

ぶしつけな正論では人間関係が、チームがギクシャクする。
しかも新参者に言われるほどプライドを揺さぶられることもない。

このような関係事態すでに幼稚で、そんなプライドほどくだらないものはないのに
そういったものにすがっている人間にとってはまさに死活問題なのだ。

何度も言うようにチームを破壊することも解体することは造作もないことだ。
しかしそんなのは誰でもできるし、第一馬鹿に付ける薬はない。

如何に自分がしていること、心のありようが危険で幼稚で、お客様に対して失礼で恥ずかしい
ものであるかというのを、平たいランゲージではなく理解させることができるか。

やっちまった!ではなくてしてやったりという、具合の良い伝達方法。
目下検討中であったこのことを今日はその終礼でピンポイントに指摘されたのだ。

これはショックだったのではなく、はっきり言ってかなりうれしかったのだ。
自分が苦心して悩んでいるそのことに関して、同じ温度で同じタイミングでちょうど
考えている人がいたという事実。

導入は僕の無関心を決め込む態度と様子見感ただようその距離感についての
指摘であった(気づく人がいたことに感謝)が、
そのことに関しては自分が意図的にそうしていたということ、
ちゃんと認識をもっていたということを伝えた。
しかし、結局それがお客様に向かってされるサービスを第一に考えたときに、
自分はそうでないかもしれないけれどチームとしてそうなってしまっているのであれば、
無関心を決め込むことは無責任であると。

たしかにそうだ。

自分は自分なりにあの人はこう、この人はこう、という線引きを勝手に(お客様に関係なく)
引いてしまっていたのであり、自分が信条とするところのお客様に向いたサービスに
結果としては背いてしまっていたのだという認識がはっきりと得られた。

自分だけがちゃんとしていれば良いじゃそもそも通用しないのだ。
しかしこの場合、せめて自分が、まずは自分がしっかりしなければという自分なりの
考えに基づいていたことであったのだ。
けれども、やはりそんなことお客様には直接関係のないことで、
誰がいつ何時サービスしても同様に最高のクオリティを提供できなければ
結局意味を成さないのだ。



自分が正しいと思うことをただ単にごり押しするのではなく、
それがお客様にとって正しいことかを第一に考えることで、
余計な軋轢を生じさせずに意識をそこへ向かわせることができるはず。



これは責任でも役割でもなく、シンプルにお客様へ向けたサービスなのだ。


良いところは盗んで悪いところは切り捨てるとは、一歩間違えると
悪いところには目を瞑るになってしまう恐れがあるので注意が必要だ。
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  by gstomach | 2005-04-17 10:12 |

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