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scout

まともな就職活動初めて一ヶ月。
ウェブ上にポートフォリオを作成し転職支援サイトに公開していたところ
ついにスカウトが来た!

ついこの間、これだ!と思う企業を見つけたばかりなのに、
今度の企業はさらにドンピシャ!

前者が堅実ないわゆる一律の組織会社であるのに対し、
後者は母体が大手でしっかりとした基盤を持ちながらも
新規事業を立ち上げるたびに会社を設立して専門分化しながら
ネットワーク企業体を構築する新しいタイプの会社。

念願の企画開発、マネジメントの職種。

しかも偶然にもこの会社の一プロジェクトは、
今の会社でもテナント誘致でお世話になっている、劇場型レストラン。

劇場型レストランは、自分の建築キャリアの中の、レストラン作品処女作の
コンセプトでもあり、今の会社にはこのオートフォリオを武器にして内定を
もらったことを思い出す。

ここまで色々条件が重なると思わず期待せずにはいられない。

こちらからの低姿勢な就職活動ではなく、
向こうからのスカウトとあって、これは有利なことうけあい。

明日は仕事も休みなので早速エージェントと会って
色々と話をしてこようと思います。
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  by gstomach | 2006-10-30 22:58 |

Office? Or Organization?

日々の仕事の合間に進めている就職活動。

活動といっても目星をつけて身辺整理をしている段階である。

当初なるべく少数精鋭で地域見密着型の割と小さ目の会社にターゲットを絞り
それなりに魅力的な会社をいくつかピックアップして、準備していたのだが、
ここにきてふと思う。

年齢層が近い人間ばかりが集まっている会社は組織としては非常に未熟で、
いくら先進的な試みをしていたとしても、給料が魅力的であっても
その中で働くことによる人間的成長は実は望めないのではないか?



人は何のために仕事をするのか?



この問いについてはすでに自分なりの答えを得ている。

自分を磨くため
自己実現に向かうため

である。

まちづくりがしたい
都市を活性化したい

とかいうのは仕事の建前であり、理由=本音ではない。
まちづくりや都市再生の仕事を通して、人間として成長したいのである。


将来的には独立して地元で事業を起こすと決め込んで
それに少し固執しすぎていたかもしれない。

なんとか30歳までにはそれを実現しようとして急ぎすぎていたかもしれない。

それが実現されなくとも誰も困りはしないというのに、
自分で自分を追い込みすぎていたかもしれない。

なにより、ここ数年帰省する度に目を光らせていたが、
地元に事業を起こして持続させるだけのポテンシャルと地盤(=ニーズと人口)
はまだ整っていない。

その起爆剤になるのは自分の仕事ではない。
ないものを生み出すのではなく、あるものを活用する、
料理して美味しくいただくのが自分の仕事だから。




今まで考えようとすらしなかった組織人生=サラリーマン。


自己実現のためだったら、実はいかなるありようも、
そう大差ないのではないか。



自分たちで考え、企画し、実行し検証する今の仕事も、それなりに
価値ある学びがあった。・・・(ないものを生み出す仕事)

でもそれ以上に、組織的に積み重ねられてきたノウハウや情報が
あらかじめ用意された上に構築していく仕事というものには、
より豊かな学びがあるはずだ。・・・(あるものを活用する仕事)



今年の冬、母校の音楽部演奏会で痛感した伝統の重み。
毎年入れ替わるメンバーが、毎年新しいことに挑戦して過去をリセット
してきていたのならば成しえない偉業を目の当たりにしたあの日。

健全で高らかに掲げられた理念のもと、一心にその真理を探究する
組織的な力の中にあってやっと発揮される真価。

自分の価値はここにあると実感できる瞬間=自己実現に一歩近づいた瞬間

ここのところ見失っていた自分本来の姿を思い出した気がした。





ようやく人生を賭ける価値のある会社にめぐり会えた気がします。
理念、社風、フィールド、多くの点で共感がもてました。
中途採用ではハードルの高い会社ですが、自分のありったけを
ぶつけてみようと思います。
久しぶりにマジです。

とりあえず書類選考、及び面接には一切不安はありません。



ここに再就職決まったら、東京生活まだまだ続きそうです。


ところで、ちゃんと理念が共有できる会社に巡り合えてやりたいことが
できることって実はすごく稀なことなんじゃないでしょうか?

どうだいリーマン諸君。
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  by gstomach | 2006-10-26 04:57 |

earpick


「ミミカキガスキデス」(チャンドンゴン)

というわけで、、、ピカソで「最高級 煤竹耳かき2本組」(グリーンベル)というのを
買った。

極細でしなやかにしなり、かなり心地よいかき心地。
ピカソでは300円ちょっとで購入できたのだが、これヤフオクで700円とか
値段がついてたりする。

送料210円とかいれたら元金の3倍ですよ?


テレビの映りが思わしくなかったので、調べたんですがどうも本体はおかしくない。

どうやらアンテナコードが接触不良らしくサンドが出ているようだったので、
そのコードを買いにいったわけです。ついでに耳かきを。

思ったとおりコードを交換したらばっちり映像が復活。
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  by gstomach | 2006-10-26 00:53 |

march

新しい日産マーチのCMに見覚えのある風景が!

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これリスボンだよね??
なつかしい。。

ここ寮のみんなと夜中にディスコ行くときによく通ったなぁ。


ポルトガルに帰りたくなりました。
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  by gstomach | 2006-10-21 23:24 |

Laputa

脳がクリエイティブモードになると起こる不思議な現象



本屋に行くと無意識に取って無意識に開いたページに今最も必要、
または求めていた情報やヒントが載っている。



これ実はいわゆるアンテナがビンビンの状態で、普段見過ごしてしまいがちな
些細なことにも敏感に反応する状態になっている、ということの現れなんですな。



昨夜寝ながら考えた未来の住をめぐる諸問題。

例えばほったらかしで眠ったままになっている不動産を見つけ
それを有効活用しようと更地にしてそこに新しい不動産を建設し販売する行為は
実は従来のスクラップ・ビルドから何も脱却していなくて、
持続可能な住環境にとってはエネルギー的にも経済的にも深刻な問題。

都市のアーバンティシューからそこに建ち現れるべき建築の作法を導き出したとして
それが実は住民には押し付けがましい建築家のエゴであるかもしれない、
むしろ住民にとってはそんなことはどうでもいいという問題。

100年耐えうる住宅やマンションを建築したとして、それをスケルトンとインフィルに
分けて二段階供給方式で提案し、中身はご自由にどうぞとしたところで、最初は意気込んで
設計したはいいがリフォームするときの労力はさほど変わらないという問題。

さらにはスケルトン・インフィルではインフィルのみが住民の財産となることで、
リフォームを前提とした場合、それは担保にするほど価値がない、結局使い捨て
という問題。

それでもSIを否定するわけではなく、もっとわかりやすいシステムで供給できれば
理想的には実現できそうなサスティナブルハウジング。



理想の建築は?という問いに最初に思い浮かぶのは天空の城ラピュタ。
宮崎駿が示したビジョンに共感するかのように多くの建築家や学生が思い描いた
アルカディア。

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師の師である内田先生(よしちかじいちゃん)が主導で実現した実験集合住宅
NEXT21(http://www.arch.hku.hk/~cmhui/japan/next21/next21-index.html)を思い出し、
昨年10周年を向かえて出版されたその本をパラパラめくると
目に飛び込んできた一枚のパース。

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それはラピュタそのものに植物に飲み込まれた集合住宅の絵であった。



ふと目の前の視界が開けて、スケルトンとは実は土地の延長であるという見立てを得る。
ラピュタが完結した有機体の全体であるのならば、建築の本体であるスケルトンは
当然土地に従属し、土地に規定され、そこを利用するものはインフィルを工夫して
住まうという、実にナチュラルなあり方。

そうすると今まで地上で行われてきた建設活動というものは、
そのほとんどが全体性というボディの上にできた吹き出物、ニキビ、オデキ、ETC...

そうした見立ての上に仮定するアーバンティシューというものは
たとえば頭のあるべきところに頭を、心臓のあるべきところに心臓を、
目があるべきところに目を配する、そのようなルールなのかもしれない。



空論の上に空論を重ねたところで何も意味はなさないから、
我々がこれからの社会のためにできることは今からでも持続可能な社会実現に
向けて少しでも基本性能のしっかりとした不動産を生み出していくことだと思う。
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  by gstomach | 2006-10-19 02:24 |

hard working

仕事じゃなくて、、、勉強中です。

仕事はすでに今の職場を退職することは告げてあるので
適当に流しています。


よきレストランはまちを活性化し美しくする

というレストランアルバイト時代の経験から、
将来は飲食事業のコンサルタントも兼ねた
まちの土地・建物有効活用、開発の仕事を生業としていこうと漠然と思い描き、
えらんだ最初の職場はレストランの現場(2年限定)だった。

海外留学から帰国後わずか半月で内定を決め、就職活動はそのわずか一回限り。
実力主義を盛大に謳った会社だったのでリクルートスーツなど用意せず、
黒いチノパンにジャケットを羽織る程度の実にラフな格好で、たしか髭も生やしたまま
面接に挑んだ。

そこでは仕事に関する様々な合理的方法や経営、人材マネジメント、教育など
就職したての2年間で普通の企業ではおよそ学ぶことのできないであろう
実に有意義な経験を積ませてもらえた。
また、商売は結局人と人とのつながりであり、地域社会と密接に関連してこそ
生き生きとした、人生を賭けうるビジネスモデルとなることもわかった。



先日親父と話をしたとき、

「おまえは昔から寄り道好きだった。」

といわれた。
たしかにその通り。何事にも好奇心旺盛で一度興味を持ったらとことん打ち込む。
しかし、あきたらほったらかすというのではなく、それらを自分の傍に留めつつ
一定の距離を保って客観的に観察する時間、熟成期間を設ける。
そしてその熟成期間中に様々な真理を見出す。確実に飲み込んで消化する。
そしてそれを次なる挑戦への栄養素、武器へと還元する。それが自分の本来のスタイル。



まちづくり、より良い住環境のための土地建物有効活用を考えていると、
不動産というものは本来所有するものではなくて、活用するものだ、
という考え方に自然と到った。

不思議と大学時代にわが師の金言であり研究室全体の大テーゼであった

“所有から利用へ”

と行き当たったのだ。


今、自分こそが研究室卒業生の中でそのテーマの意味する社会実現に向けて
一番近いポジションにいる気がする。

かつて原理原則として概念だけを頭で理解していたそれは、
今自分の中で具体的なビジネスモデルとして立ち現れてきている。

リノベーションやコンバージョン、ペンシルビルの連結などが、
実はその社会実現のための一手法、取っ掛かりに過ぎないということ。

実はそれを行ってからが本当の有効活用が始まるということ。
持続可能なストック社会のスタートラインに立ったということ。

それを理解、到達するのに8年くらいかかっている。

その間自分は、建築物そのものの構成、構工法、ディテールなどミクロで静的な部分から、
それが出来上がるまでのプロジェクト進行状況における時間軸上の動的なマネジメント手法や
仕様書の変遷などを主に研究テーマとして扱ってきた。

それらは結局のところ建物ができるまでの、その土地に生を授かるまでのごくわずかな
時間軸上のストーリーであり、本当の意味でのドラマティックな展開は実はここからなのだ。

生を授かった不動産が活き活きと活動を始めると
周囲のまちはどんどん元気になっていく。

その活動の原動力は言うまでもなく人。

人と人のつながりが町全体を豊かにしていく。


その起爆剤の一つとして有効だったのがレストラン。
紛れも無く地域のライフスタイルを形成しうる優良物件は
まちそのものを魅力的なものに変えうる力を秘めている。

大通りの角地など地理的に有利な場所ほど
大手のFC(フランチャイズ)に買収され、低俗な街並みをつくる。

一廉の店舗は大通りから外れた場所にひっそりとたたずむ。


でもそれでいい。


より人々の生活に密接な距離にあるからこそ魅力的な住環境は
整えられる。こと夜遅くまで空いている飲食店は通りを明るく照らし、
それこそ犯罪の頻発を防止するだろう。


日々湯水のようにアイデアが思い浮かんでくるが、
いささかオーバーヒート気味なのでそろそろクールダウン。

このたまりにたまった考えや思いを誰かにぶちまけたい気持ちで一杯だ。

近々恩師のもとを訪ね後輩と久しぶりに議論を交わしたいものだ。

そのときはよろしく。研究室のみんな。
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  by gstomach | 2006-10-18 02:25 |

bo-zu

再出発にちなんで心機一転、頭を丸めた。

3mm

小野か! (タカアンドトシ)


潔いほどのたわしっぷり。

海老蔵か! (タカアンドトシ)

20年ぶりくらい。まるでブルース・ウィルス

欧米か! (タカアンドトシ)

バリカン買ってきて自分で刈った


ボーズで就活、何か問題でも??
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  by gstomach | 2006-10-08 09:10 |

brain storming

転職を目前にしていろいろと考えを整理している。

2年限定で寄り道した飲食店の現場は、
期間限定でなければ到底耐えられなかったであろう悲惨な
経験を積ませてもらえた。毎日が修羅場だった。
何度も何度も人間や人格を否定、破壊され、そのつど自分を失い
最近ではすっかり自信や明確な意思、意識すらどこかへ無くしてしまっていたほどに
焦燥しきっていた。

そのような状態でとても結果を残せるようなクリエイティブな仕事など
生まれるはずもなかった。

極限だった。

それだけに人として一番失ってはいけないものを
確信して自分の内にしかとつなぎとめることもできた。

もちろんそれと同じくらい楽しみや喜びを見つけられた。
このまま料理人のままでいいかもしれないとすら思ったこともあった。
自分のできる範囲の、せいぜい5,60席のレストランをオープンして
自分の好きなお客さんを集めてそれなりに毎日楽しく過ごす道も考えた。

しかし、商売の現実を知れば知るほどその道の延長線上にある自分の
過った、魔が差したビジョンはどんどん下方修正されていった。





本来のクリエイティビティと自信に満ちた自分の姿はどこへ?





そうした自問自答を繰り返すこと半年。

都合により若干早まった退社のおかげで、
新しいことに思いを巡らせる余裕ができ、まるで堰を切ったかのように、
今まで心の奥底にしまいこんでいたアイデアが溢れ出す。


この2年単に寄り道しただけの無駄な時間ではなかった。


新しい視点を手に入れた。

それはまるでシナプスが脳内で新たな回路を形成するがごとく、
あたかもそう知っていたかのように自分のうちに存在する。

いままで漠然と描いていたイメージがくっきりと実像を結ぶ瞬間、
まさに暗闇で相手を探してさまよう手が何かを掴んだ瞬間、
メールでしかやり取りしたことがなく勝手にイメージしていたあの人の人となりを
実際に会って確かめたかのような瞬間。

そのような感覚。





職能は社会に貢献するべく職業として成り立たねばならない。
そのとき建築家という職業が受身であってはいけないと思った。

自らがクリエイトした建築物を自らがマネジメントする方法を思い立ち
ビルオーナーや商業施設の管理などを考えた。
しかしそれではただの不動産屋。

そこで経験とノウハウのあった飲食店に着目した。

一般生活に最も近いサービス業にどっぷりと浸かることで
人に奉仕すること、社会に奉仕すること、地域の活性化に貢献することを
自分の内に強く思うようになった。


まちづくりに行き当たる。


まちをつくるのは都市計画家でも行政でもない。

人だ。


例えば、鄙びた商店街を蘇らせるために、我々がしばし用いる
人々のアクティビティを誘発するため、に、何かを仕掛ける。


その何かとは?


何かしらの集客施設?流動の結節点?




否。

それはそもそも人々がそれを目的にやってくるような代物ではないのだ。



ではアクティビティとは何か?




今なら自信をもってこう答える。





アクティビティとは生活である。と



まちは人が生活することによってつくられるのだ。


ならば自分がすべきは人の生活に役立つことだ。
より良い住環境のために精一杯のエールを送り続けることだ。


人の生活の基盤である“住まい”に重点を置きながらも
生活に活力と潤いを与える商用スペースを提供すること。


建築家の職能を不動産業というあり方で職業化すること。
そこにスパイスを効かせてうまく調理するのが料理人の職能。

これが今の段階で描きうる近い将来のビジョン。
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  by gstomach | 2006-10-08 06:26 |

redraw a blue-print

将来の青写真を描きなおそうと思います。


いや、やりたいこと自体は変わらないんですが。
つまり解釈の違いです。
それにより実業家としてのあり方は若干変容しました。

どのようにして関わっていくか、の違いなんですがね。



自分としては、従来の青写真よりもより具体的で
実践的なものとなったように思います。



とりあえず、次のステップへ向けて転職します。

当初の予定では現在の会社を2年勤める予定でいましたが、
せいぜい来月一杯で辞める予定です。
諸所の事情により若干早まりました。


必要なことは十分に学べました。
自分に足りないところや弱いところ、適性についてもよくわかりました。
なにより元来ゼネラリスト向きであるはずの自分がスペシャリストとして
現場勤務すること自体に無理があったように思います。
それでも現場からの視点を手に入れられたことは
何者にも代えがたい財産になったことは言うまでもありません。


当初、

「飲食店経営を主軸としたまちおこし事業」

と銘打って始動した私のキャリア人生は、今や

「まちおこしのための飲食業を含む不動産活用」

として再出発し始します。



ここでは事業主である私は、経営者として飲食店にいるのではなくて
それを仕掛ける、きっかけをつくるために外部にいるというのが
従来との大きな違いで、その形態は不動産会社になります。

単に不動産会社といっても賃貸アパートを仲介したり売買物件を
取り扱う類のものではなくて、あくまでよりよいまちづくりのための
プロデューサーやコーディネーターといった趣で、例えばどこそこの空地を
このように利用、活用すればまちはこのように良くなる、そしてそれがアパートや
マンションといった集合住宅であるならば、そこに住む人口に対して腹を満たせるだけの
、ニーズにこたえられるだけのこのような飲食店が必要だろう、というような総合開発的な
アプローチをするものになります。我々はこれを通常ディベロッパーと呼びます。

つまりはそういうことです。



転職先の希望としては、

なるべく規模が小さくて社員数が少ない少数精鋭の会社で、
早い段階からバリバリ仕事の任されるところ。

ようやく正規のルートに戻って頭脳労働に従事できそうです。
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  by gstomach | 2006-10-05 12:20 |

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